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達人指南
現地の達人が旅行の楽しみ方を伝える観光コラムです。人気の観光地から知る人ぞ知る穴場まで、達人だからこそ分かる一歩踏み込んだ“通”な情報を紹介しています。
軍艦島は2015年に世界遺産に登録されました。無人の島へと上陸、見学するツアーはあまたありますが、その中でも、周遊と上陸がセットになったものを紹介。ジュピターで行くツアーには、3つの利点がありました。
明治から昭和の時代にかけて、炭鉱の島として昼夜を問わず石炭採掘が行われていた軍艦島。出炭量とともに人口が増加し、最盛期の1960年には5200人を超え、人口密度が当時の東京の9倍ともいわれた。しかし、エネルギー資源の中心が石炭から石油に移り変わると、1974年には閉山。それから約40年間、島は放置され、ビルは朽ち果て、まるで廃墟のようになった。そこには人の営みがあったことを感じさせる建物や生活の跡が現在も残っている。日本の近代化を物語る遺産として注目を集め、船で上陸するガイド付きツアーも開催されている。実際に軍艦島に上陸して、歴史を重ねた島の空気を感じよう。取材/ながさきプレス、2014年 8月◆その他のおすすめ長崎観光情報→長崎観光のおすすめ情報9選◇たびらいでツアー予約⇒軍艦島に上陸できるパッケージツアー(宿+航空券/列車)を探す◇たびらいのバスツアープラン⇒“福岡発”のバスツアーで、軍艦島クルーズに行こう九州ローカル案内役が厳選おすすめホテル特集
(さかもと どうとく) 坂本 道徳さん
軍艦島は、正式には「端島(はしま)」という名称を持つ。軍艦島と呼ばれるようになった理由は、高層アパートが立ち並ぶ外観が軍艦「土佐」に似ていることからだったという。石炭採掘のために開発が進められた軍艦島は、徐々に島の周囲を埋め立て、炭鉱で働く人とその家族が限られたスペースを最大限に使って暮らしていた。島には小中学校のほかに、映画館や飲食店、娯楽場、病院などの施設も充実しており、その時代の最先端を備えた炭鉱都市だった。しかし、国のエネルギー政策の転換から閉山。住んでいた人も島を離れ、その後40年近く、立ち入り禁止とされていた。炭鉱で栄えていた当時、島には人と共有するスペースが多かったと、達人・坂本さんは言う。「お互いに譲り合う気持ちがあったから生活できたんだと思います。島民同士でコミュニケーションがとれていて、全員がまるで家族のように仲良しでした」そんな軍艦島での暮らしは閉鎖的ではなく、島民は定期的に本土と行き来する船を利用していた。坂本さんも休日には船に乗って長崎市中心部まで足を延ばし、島では手に入らない書籍をまとめて購入していたそうだ。
上陸できるのは、見学通路で安全性を確保された島の一部分のみだ。それでも、不思議な静けさに包まれた島に足を踏み入れると、当時の暮らしや生活の跡を目にすることができる。まず最初に訪れるのは第一見学場だ。ガレキの先に見える7階建ての白い建物は、1階から4階までが小学校、5階と7階が中学校となっていた。その隣の大きなアパートの10階部分には保育園があった。ビル内の学校という立地は、狭い島ならではのアイデアだったといえる。続く第二見学場で目立つのが、赤茶色のレンガの建物。見学場所でほぼ唯一色があるこの建物は、かつての資材倉庫。当時は島の中枢部であった総合事務所とともに炭鉱の司令塔として使われたが、大部分の建物は倒壊し、鉄骨が朽ち果てている。第三見学場では、密集した日本最古の鉄筋アパート群が間近に見える。直接近くで見なければ、この圧迫感と重厚感は感じられないだろう。このアパートの少し先には映画館や寺があったといい、暮らしに必要な施設がそろっていたことが分かる。軍艦島が廃墟となる前には、たくさんの人が確かにここで生活していたのだ。
軍艦島も、最初から“廃墟”だったわけではない。石炭採掘のために開発され続けた島では、島の住民が日々の暮らしを送っていた。だから、閉山が決まって島から離れることになったとき、住民は皆、「もうふるさとには帰れない」と覚悟したのだという。軍艦島に上陸すると、廃墟のような建物や崩れたガレキに目を奪われがちだが、達人・坂本さんはより深い部分に目を向けてほしいと言う。「今でこそ、こうして再び上陸できてはいますが、私たちにとって軍艦島は廃墟の島である前に大切な“ふるさと”です。そしてこの島は、もしかしたら未来の日本の姿と重なるのではないかと思うのです。軍艦島の歴史と存在が、これからの社会のあり方について考えるきっかけを与えてくれるのではないでしょうか」島に上陸して見学を終えた後には、ぜひ過去の歴史を振り返り、未来の暮らしについて考えてみてほしい。単なる観光に留まらない、奥深い軍艦島“体験”が可能となるはずだ。観光を楽しむならホテル選びも重要!ホテル・宿を見つけて、旅行に行こう!
[たびらいセレクション]
軍艦島には飛行場がなく、橋で渡ることもできないため、交通機関は船舶に限られる。軍艦島を案内してくれるツアー会社を紹介。
軍艦島は撮影が許可されており、廃墟となった島をカメラに収めることができる。
島へ上陸する交通機関は船に限られている。旅行会社や開運会社が上陸ツアーを行っているため、それぞれ利用する会社のウェブサイト等で確認することが必要だ。
【住所】長崎県長崎市旭町27-26【電話番号(問い合わせ)】095-818-1105・無料送迎バス……長崎駅(大村競艇看板前)―約45分→伊王島 8便/日 ※予約制(095-898-2202)・私営長崎バス……茂里町―約50分→伊王島 4便/日(土日運休)・高速船(コバルトクイーン号)……長崎港大波止ターミナル―約20分→伊王島港・車……長崎駅―45分→伊王島
【住所】長崎県長崎市常盤町1-60 常盤ターミナルビル102号【電話番号(問い合わせ)】095-895-9300・路面電車……「長崎駅前」電停で1番「正覚寺下行」乗車、「築町」電停下車。反対側の停留所から5番「石橋行」乗車、「大浦海岸通」電停下車、徒歩5分。
【住所】長崎県長崎市元船橋17-3 長崎港ターミナルビル1F 7番窓口【電話番号(問い合わせ)】095-822-5002・路面電車……「長崎駅」電停にて1番「正覚寺下行」乗車、「大波止」電停下車、徒歩5分。
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ブランコで遊ぶ島の子ども
軍艦島の住宅街には、子どもたちが遊ぶための公園も設置されており、狭い空間でも子どもたちはみんな精一杯体を動かしていた。部活動も盛んで、体育館やグラウンドではお互いに空間を工夫しながら練習に励んでいた。学校の運動会は島をあげてのイベントでもあり、その日は島全体が一体となっていた。かつての人々の暮らしぶりを知ることも、軍艦島を知ることに繋がるはずだ。島に上陸する際には、廃墟を見学するだけではなく、そこで営まれていた人の生活にも目を向け、想像してみてはいかがだろう。実際に足を運んでこそ分かる独特の雰囲気がある軍艦島。ぜひ上陸して、その歴史を体感してほしい。
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