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琉球から沖縄へ。歴史がそのまま沖縄文化の礎に
沖縄は古来、アジア各国との交易が盛んで、そのため、国際色豊かな文化が育まれてきた。独立した国家・琉球王国として栄えながらも、時代の潮流によって激動の歴史を刻んできた。沖縄の歴史を知ることで、沖縄の旅も違った趣を味わうことができるだろう。
歴史年表
約1万年前までは大陸と繋がっていたとされる琉球列島。沖縄人がどこからやってきたのかは不明だが、南アジアや東南アジアに生息する動物の化石が発見されていることから、琉球列島へも動物を追って人類が大陸からやってきたといわれる。昭和42年(1967)沖縄県具志頭村(現・八重瀬町)で化石人骨が発見され、その後の発掘調査により、1万8000年前の人骨であることがわかった。「港川人」と命名され日本の旧石器人として世界的にも紹介された。このほかにも沖縄各地で旧石器時代の化石人骨が発見されている。当時の生活に関する遺物は発見されていないため、当時の暮らしがどういったものかはわかっていないが、貝塚が発見されるなど、海辺で魚介類を採取して生活していたことがうかがえる。
長く続いた貝塚時代のあと農耕文化へと移り、社会を形成し、各地には按司(あじ)と呼ばれる実力者が出現し、グスクが築かれることになる。その後、勢力争いへと発展していき沖縄本島を北山、中山、南山の3つの「三山時代」へと時代は変わっていった。その後1429年に尚巴志(しょうはし)が三山を統一し「琉球王国」が誕生することになる。
グスクを中心とした各集落では、農耕社会が形成されるとともに、作付け、収穫などの共同作業が必要となり集落内での協力、集落外との交流が始まる。今につながる「ゆいまーる精神」が培われたと言える。浦添、読谷、中城、勝連、佐敷、今帰仁といった良港をもった按司は、その勢力をさらに拡大させて行き、やがて按司を統率する「世の主」が現れ、今帰仁を中心とした「北山」、浦添を中心とした「中山」、大里を中心とした「南山」に大きなグスクを築城して、沖縄本島を3分割する三山時代となった。
実在した王としては、琉球王朝を誕生させた尚巴志(しょうはし)が初代の王となるが、琉球の歴史における最初の王は「天孫」と称されている。天命を受けて降臨し、琉球の島々を作ったとされ、今の沖縄に数多く残る聖地と言われる場所は、こうした神話が元になっている。王統は「舜天王統」「英租王統」「察度王統」と続いた。「察度」はもともと浦添の按司で、中国の皇帝へ弟の泰期を派遣し、貢物を治めたことにより、中国との交易が認められた。このときより、中国を足がかりに琉球の大交易時代が幕を開けた。
三山時代に終わりを告げるのは、1429年。佐敷の按司であった尚巴志が琉球統一を図り、首里城を整備し琉球王国の中心に据えた。これを第一尚氏王朝と呼んでいる。さらに、日本や中国、東南アジアとの貿易も精力的に行われるようになり、このころに三線、泡盛、紅型といった琉球文化の基礎が流入した。琉球王国の政治、文化の中心であった首里城では、中国からの使者「冊封使」が訪れるようになり、もてなしの儀式や宴会などが催された。現在、そうした儀式の再現が、観光イベントとして行われている。ちなみに、尚巴志の祖父が、伊平屋島出身であることから、伊平屋島では尚巴志に関わる遺跡、行事、イベントが多く行われている。
華やかで優美な首里の宮廷文化も、外部との交易で得られる利権争いによって様相が一変する。薩摩・島津藩の琉球侵入とともに、第二尚氏王朝は日本(ヤマト)の実質統治下に置かれることとなった。
第二尚氏王朝の第3代尚真の業績は重要で、今の沖縄の文化の基礎となったものが多くある。たとえば王家の墳墓である「玉陵(たまうどぅん)」や園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)などの石造建築物が造られた。また中国文化を積極的に取り入れ、沖縄独自の芸術や工芸品が生み出され、豊かな国づくりが行われた。舞踊、組踊、三線、陶芸、漆器、織物、染物・・・・・・。あらゆる琉球文化が首里王府のもとで保護され発展していった。
日本では明治維新により新政府が誕生。これによって廃藩置県が行われ、琉球王国は琉球藩として位置づけられたが、明治12年(1879)には、ついに琉球王国が崩壊した。沖縄県の誕生である。
日本政府が、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦へと突き進む中、沖縄も戦争に巻き込まれていく。第一次世界大戦終結後に起きた戦後恐慌では、沖縄では「ソテツ地獄」と称され、命を落とす危険さえあるソテツの実や幹を食べて飢えをしのぐほどの悲惨な状況だった。第二次世界大戦から昭和16年(1941)12月8日の真珠湾攻撃によって太平洋戦争に突入すると、沖縄の各島々には飛行場の建設が進められ、実戦部隊が配備されるなど、沖縄がアジアへの前線基地としての色合いが濃くなっていった。
戦局が深刻になり、昭和19年(1944)の10月には、ついに沖縄上空にアメリカ軍の戦闘機が現れ、空襲により那覇市は炎上、壊滅状態に陥った。昭和20年(1945)になると、アメリカ軍の襲来は激しさを増し、3月には慶良間に上陸。住民を巻き込んでの地上戦となり多くの犠牲者を出した。続いてアメリカ軍は4月に沖縄本島への上陸を果たし、沖縄本島を中部で分断し、北部から攻め落とし、最後行き場を失った日本軍と住民は南部へと追い詰められていった。日本軍の牛島満司令官の自決により、最後の砦「摩文仁」をアメリカ軍が占領して沖縄の地上戦が終結した。むごい最期を遂げた住民は数え切れず、ひめゆりの塔をはじめ、南部には今も戦争の傷跡が残り、慰霊の火が消えることはない。
昭和20年(1945)8月15日に太平洋戦争は終わりを告げたが、沖縄は同時にアメリカ軍統治へと変わる。今へと続く基地問題はこの時から始まった。沖縄が日本に復帰するのは、戦後27年経ってからのことだった。
沖縄の祖国復帰を記念したイベントが次々と開催され、昭和47年(1972)には復帰記念植樹祭が、翌48年(1973)には、沖縄特別国民体育大会(若夏国体)が開かれた。昭和50年(1975)7月から半年間、沖縄北部・本部町で沖縄国際海洋博覧会が行われた。現在は、跡地に「沖縄美ら海水族館」が建つ。海洋博覧会の開催は、一大公共事業となり、道路整備、空港・港湾整備、治水事業、ホテル建設など、多くの経済効果と社会基盤の整備をもたらしたが、海洋博後は、一転、景気が落ち込み倒産が相次ぐなどの暗い一面もあった。
14世紀に築城されたとされる首里城。琉球王朝の中心であり、栄華を極めた城も、昭和20年(1945)の沖縄地上戦により破壊され、さらに戦後は琉球大学が建設されることになり、城壁が残された程度で完全に破壊された。昭和33年(1958)に守礼門が再建された後、歓会門や石垣なども復元された。本格的な首里城の復元は昭和50年代後半から始まり、平成元年(1992)にようやくほぼ現在の形に再現されて首里城公園としてオープンした。平成12年(2000)には世界遺産に登録されたが、再建された建物や城壁は含まれず、「首里城跡」としての登録になる。現在も調査・復元が進められている。
平成12年(2000)7月に沖縄で第26回主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)が開催された。沖縄開催を決定した時の総理大臣は小渕恵三。開催時の総理大臣は森喜朗。サミット開催にあたり、那覇空港が整備され、また沖縄自動車道と那覇空港自動車道の接続により、空港からサミット開催の主会場であったザ・ブセナテラス、万国津梁館のある名護市(許田IC)までの移動がスムーズになった。歓迎夕食会では安室奈美恵がイメージソングの「NEVER END」を披露、泡盛が振舞われるなど、沖縄色の濃いサミットとなった。サミットを記念して守礼門が描かれた2000円札が発行された。
那覇空港と首里を結ぶ、沖縄唯一の軌道式モノレール。正式名称は「沖縄都市モノレール線」。戦前には沖縄にも軽便鉄道や路面電車が走っていたが、戦後の復興で道路整備が優先され、鉄道路線が復活することはなかった。慢性的な交通渋滞の解消のため、都市交通の手段として跨座式モノレールが導入されることになり、平成8年(1996)に着工、平成15年(2003)8月に全線開業した。那覇空港駅から首里駅までを約27分で結ぶ。平成24年(2012)に、首里駅から浦西駅(仮称)までの区間延長が認可され、2019年春に開通する予定。詳しく知る
那覇市の北側に広がる一大再開発地。昭和62年(1987)5月に全面返還された米軍牧港住宅地区の跡地を造成したもので、一帯の面積約214ヘクタールのうち、元米軍基地は192ヘクタールを占める。県立博物館・美術館や大型ショッピングセンター、DFS「Tギャラリア 沖縄」、数多くの飲食店が立ち並ぶ。最近では住宅開発が盛んで、タワー型の高層マンションの建設も進んでいる。平成15年(2003)の沖縄都市モノレール開通により、「おもろまち駅」が設置された。 詳しく知る
八重山観光の拠点である石垣島。その石垣島に平成25年(2013)3月、新空港として「南ぬ島石垣空港」(ぱいぬしまいしがきくうこう)が開港した。旧空港は戦時中に造られたもので、滑走路が短く、長距離便が離着陸できないという問題を抱えていた。日本各地からの直行便の対応も難しく、島の観光、産業にも影響を与えていたため、平成16年(2004)に新石垣空港整備に国の予算が降り、平成18年(2006)に着工、平成25年(2013)3月に完成した。現在、国内線では5つの航空会社が運航、国際線では2つの航空会社が運航している。詳しく知る
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