都井岬へ 日本在来の野生の馬を訪ねて
宮崎県串間市にある「都井岬(といみさき)」では、草原と海原を背景に、野生の馬たちが草をはむ姿を観察できる。朝日や夕陽とともに現れる絶景に、岬を吹き抜ける日向灘の風。自然の中で逞しく生きる動植物の息吹を感じられる場所だ。
![人の手がかかっていない貴重な野生馬、「御崎馬」 人の手がかかっていない貴重な野生馬、「御崎馬」]()
日本に存在する8種の在来馬の中でも、時代を経て再び野生化した貴重な存在として唯一、国の天然記念物に指定されている都井岬の「御崎馬(みさきうま)」。宮崎県の最南端・串間市にある都井岬は、550ヘクタールの広大な敷地で人間の手を借りずに生きる御崎馬の姿が見られる場所だ。
ほとんど人の手が入っていない岬の敷地内には、野生の猿やソテツの自生地、絶滅危惧種の草花なども見られる。草原の向こうには、どこまでも続く日向灘が広がる。都井岬を吹き抜ける風を感じながら、ゆったり流れる時間に浸ろう。
取材/宮崎の地元情報誌「じゅぴあ」編集部、平成27年(2015)5月
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軍馬として都井岬に放たれた御崎馬
![江戸時代から続く駒追いでは、ダニ駆除や個体識別などが行われる 江戸時代から続く駒追いでは、ダニ駆除や個体識別などが行われる]()
御崎馬のルーツは、時を遡ること約320年前の軍馬。江戸時代に宮崎にあった高鍋藩秋月家は、軍馬を生産するための牧場をここに開いた。都井岬では当時でも、極めて自然に近い形で放牧が行われ、設備といえば柵や周囲の堀といったものだけだったという。
また、馬の検査や管理のため、年に一度は村をあげて「駒追い」が行われた。藩主と郡代、牧奉行が視察するなか、雌は繁殖用に、一部の雄は種馬候補として残し、残りは軍馬に使用されていた。
その後、明治維新の改革期に一時管理が放任された。御崎馬の血統自体が危うくなる出来事もあったが、昭和28年(1953)には「岬馬およびその繁殖地」として国の天然記念物に指定された。保護対策も整い、再野生化した在来馬群として学術的に、また観光資源としても、貴重な存在となっている。
ずんぐり小さい御崎馬。その特徴と生態とは
![紺碧の海を背景に草をはむ御崎馬 紺碧の海を背景に草をはむ御崎馬]()
一般的に肩までの高さが160~170センチあるサラブレッド種と比べ、御崎馬は130センチ前後と小柄。胴が短く、首が太く、全体的にずんぐりした印象だ。また、背中をよく観察すると、黒い筋のような「鰻線(まんせん)」が見られる御崎馬がいる。
これは世界でも唯一、人による家畜化や改良をされてこなかったモンゴルの野生馬「モウコノウマ(蒙古野馬)」の流れといわれる。特徴や血統からも貴重な馬の姿が現代にまで残ったのは、自然の摂理のままに生活してきたからだ。
生まれる時も死ぬ時も、御崎馬は人間の手がいっさいかからない。亡骸でさえ回収されず、そのまま自然に還るのを待つ。食べ物や水は自ら探し、気候の変化に応じて居場所を変える。若い雄同士の群れも存在するが、多くは大人の雄1頭と数頭の雌、仔馬から成る“ハーレム”をつくる。繁殖シーズンとなる春先には、生まれたばかりの仔馬を従えた数頭のハーレムが、都井岬のあちこちで見られるようになる。
都井岬の生態を守る「ナチュラリスト憲章」
![御崎馬の生態を守るため人間が守るべき独自のルールが 御崎馬の生態を守るため人間が守るべき独自のルールが]()
人の手を離れて野生に戻った馬と聞くと、人への警戒心が強いと思われるかもしれない。しかし、御崎馬は人間への警戒心どころか、人間への興味さえ示さない。そのため、沿道や草原のすぐ側で、近い距離から観察することができる。ただし、あまり近づきすぎると危険なため、一定の距離は置かなければならない。
都井岬には、足を踏み入れる者全てが守るべきルール、「ナチュラリスト憲章」がある。憲章の内容を要約すると、「馬や猿に人間の食べ物を与えない」、「ゴミは持ち帰る」、「草花や木を折ったり、生物を採集したりしない」、「自然を愛し地球を大切にする」といったもの。
また、カーブの多い道路上では、馬との衝突を避けるため、車の速度も制限されている。都井岬は、あくまで野生動物の棲む家。主役である自然にとけ込み、調和の一部となるような気持ちで訪れてほしい。
自然美と、ゆったり時間。都井岬の魅力
![青い海がオレンジ色に移り変わる都井岬の風景 青い海がオレンジ色に移り変わる都井岬の風景]()
都井岬は、宮崎県の南端に飛び出た高い位置にある。ひとたび丘や山の上に登ると、草原の向こうには、250度以上の視界が開ける。勾配がきつい場所もあり、登る際には足元に注意が必要だが、眼下に広がる海の青と草原の緑のコントラストは、ぜひ見てほしい絶景だ。
場所や季節によっては、日向灘から昇る朝日や南西側の海に落ちる夕陽も見られる。これらの景色は、写真愛好家たちが御崎馬とともにカメラに収めようと、泊まり込みで撮影に挑む事もあるほど。沿道には桜並木やアジサイの花もあるので、車を降りて散歩がてら岬一帯を散策するのもおすすめだ。
観て楽しむとともに自然の循環を学ぶ
![都井岬の自然についてガイド付きで学べる「うまの館」 都井岬の自然についてガイド付きで学べる「うまの館」]()
御崎馬の数は、平成27年(2015)5月時点で99頭。繁殖期となる春には、タイミングが合えば季節の風物詩である春駒(仔馬)の誕生や雄同士の争いが見られる。また、秋には駒追いなどの行事が、晩秋から冬にかけては海岸近くの森の中で過ごす御崎馬の姿が見られる。
「都井岬ビジターセンター うまの館」では、こういった御崎馬の生態や、岬内に生息する絶滅危惧種の植物などについて学ぶことができる。館内展示や貴重な出産シーンの映像など、基礎知識のガイド解説はもちろん、野外での馬や植物の案内も可能だ。全行程1時間半~2時間ほどの内容が盛りだくさんなガイドは、入館料のみで受けられるのでおすすめだ。
都井岬周辺の海や山では、体験やスポーツ、アクティビティなども充実している。家族そろって自然を体験できるレジャーやスポーツ、子どもたちの自然学習なども楽しめる。