八朔祭 山都町に秋を告げる祈願祭へ
毎年9月の第1土曜・日曜に、自然豊かな上益城郡山都町(やまとちょう)で行われる祭り、「八朔祭(はっさくまつり)」。祭りの目玉である「大造り物の引き廻し」に加えて、通潤橋の上空に打ち上げられる花火も見どころとなっている。
![竹やシュロの皮など自然の素材で作られた「大造り物」 竹やシュロの皮など自然の素材で作られた「大造り物」]()
江戸時代中期から上益城郡山都町(やまとちょう)に伝わる「八朔祭(はっさくまつり)」は、毎年田の神に豊作を祈願するために始まったとされる。
祭り最大の見どころは、何といっても「大造り物(おおつくりもん)の引き廻し」だ。地元の住民が連合組ごとに団結し、地域に伝わる技術を駆使して、竹や杉など自然の材料を使って、題材をリアルに表現した造り物を披露する。1カ月以上かけて造り上げられる巨大像は迫力満点だ。
取材/熊本の編集プロダクション「ポルト」、2016年 5月
最大の見せ場は、「大造り物の引き廻し」
![巨大な像が町内を引かれる「大造り物の引き廻し」 巨大な像が町内を引かれる「大造り物の引き廻し」]()
“放水する石橋”として全国的に知られる山都町の「通潤橋(つうじゅんきょう)」は日本最大級の石造りアーチ水路橋で、国の重要文化財に指定されている。この通潤橋の近くにある浜町商店街一帯で、毎年9月の第1土曜・日曜に開催されているのが、この「八朔祭(はっさくまつり)」だ。両日とも商店街全域が歩行者用道路となり、多くの露店が軒を連ねる。
1日目の土曜には豊年祈願祭や七畝稲荷御神幸などが粛々と行われるが、祭りの最大の見どころとなるのは、2日目の日曜に行われる「大造り物の引き廻し」。これを見るために、県内外から多くの見物客が訪れるのだ。「大造り物(おおつくりもん)」とは、竹や杉、シュロの皮といった自然の素材だけを使って、地元の各連合組が技術を競い合いながら制作する巨大な像のこと。歴史上の人物や伝説上の生き物、動物など、毎年さまざまな像が造られるが、中には高さ4~5メートルに及ぶものもあり、間近で見上げると迫力がある。
「自然の素材だけを使い、これだけの大きさで精巧に作り上げられた大造り物は、他にないのではないでしょうか。ぜひ実際に見て、その迫力を体感してほしいですね」(橋本さん)
にぎやかな八朔囃子の音色とともに、何体もの大造り物が町内を引き廻される光景は、ここでしか見ることができないものだ。
受け継がれる技と、情熱を注ぎ込む大作
![間近で見ると自然の材料だけで仕上げる技術の巧みさがよくわかる 間近で見ると自然の材料だけで仕上げる技術の巧みさがよくわかる]()
大造り物の制作には、浜町の連合組ごとに毎年10組前後が参加し、それぞれの組で1体を完成させる。年によっては高齢化による人員不足などが原因で、参加を断念せざるを得ない組もあるという。
「近年は、世相を風刺したり、現代の人々の願いを具現化したりしたものが多い」と橋本さんは説明する。祭り当日まで、各組の題材は秘密。足場が組まれた制作場所には、外から様子が分からないようにテントが張られる。制作に携わる者の中に、造形を生業とする職人がいるわけではない。地域に伝えられてきた技術と培った経験を頼りに頭の中に設計図を描き、形にしていくのだ。
「大造り物」の最大の特色は、竹や杉、黒松の皮、松笠、ススキの穂など、すべて自生する材料を使用していること。できるだけありのままの姿形を生かすため、材料を削ることも極力しない。
中心となって制作するのは1組につき10人程度で、材料集めにも同じ程度の人数を割く。大造り物1体の制作に携わる人の数は、延べ30〜40人にも上るという。制作にかかる期間は、およそ1カ月強。“他の地区には負けられない”という情熱と意地が、連日の制作に没頭させる。佳境に入ると、男性は家族に家業を任せて、早朝から夜中まで制作にかかり切りになることも少なくない。制作は、祭り前日の深夜まで及ぶという。
約250年前から伝わる豊年祈願の祭り
![浜町商店街一帯が熱気に包まれる「八朔祭」 浜町商店街一帯が熱気に包まれる「八朔祭」]()
「八朔」とは、稲穂が実り始める旧暦の八月朔日(ついたち)のこと。豊作を祈り、普段からお世話になっている人へ新穀を贈答するなどの慣習が全国各地で見られる。
山都町の「八朔祭」は江戸時代中期に始まり、約250年の歴史を持つ。当初は、商家の人々が店に作物を卸す農家をねぎらうために、酒や肴を用意するとともに、目でも楽しんでもらおうと店ごとに造り物を飾って手厚くもてなしていたのが始まりだという。それがいつの間にか浜町全体で協力し合って大々的に行うようになり、「八朔祭」という祭りになった。
今でこそ祭りの代名詞になっている「大造り物」も、当初はそれほど大きいものではなかったという。各連合組が造り物の出来を競い合ううちに、徐々に大きくなっていった。さらに大勢の人が見学できるように、いつしか「大造り物」を大八車に乗せて、商店街を引き廻すようになったという。
「八朔祭は、生まれた時から当たり前のように身近に存在する祭り。浜町に住む者は何かしら八朔祭や大造り物と関わり続けます。親から子へ代々受け継がれてきた技術と精神を、先人たちと同じように次の世代へ引き継いでいくことが私たちの使命だと思っています」と達人・橋本さんは力を込める。
観客の歓声が、祭りへの情熱を掻き立てる
![各組が力を注いだ大造り物に、観客たちが声援を送る 各組が力を注いだ大造り物に、観客たちが声援を送る]()
大造り物が見物客の前に姿を現すのは、祭り2日目(日曜)の午後。歓声を浴びながら町中を練り歩いた後、祭り本部に到着したものから順番で審査員による審査を受ける。全ての組の審査が終了したら、結果が発表される。金賞を受賞した作品は、「道の駅 通潤橋」の駐車場に1年間展示される栄誉を与えられるのだ。
「毎年、緊張する瞬間ですね。誰もが金賞という栄光を目指して頑張ってきたわけですから」と橋本さんは生き生きとした表情で語る。「大造り物の制作は、自分たちの仕事と関係あるわけではないし、お金がもらえるわけでもない。それなのになぜ生活を犠牲にしてそこまで力を注げるのか、と聞かれることがあります。だけど、祭りで大造り物を引き廻している時に観客から挙がる歓声を聞くと、自分の中の血が騒ぐというか、何とも表現しようのない達成感に包まれるんです」
八朔祭は、あくまで浜町に住む地元の人たちのための祭り。いつまでも地域のコミュニティを大切にすることで、結果的に多くの人が集まるような魅力を放つことができればいい、というのが浜町の人たちのスタンスだ。
朝起こしに花火大会 ―― 引き廻し以外にも見どころあり
![八朔祭のフィナーレを飾る花火大会 八朔祭のフィナーレを飾る花火大会]()
八朔祭は9月の第1土曜・日曜の2日間で行われるが、金曜の夜に行われる前夜祭「朝起こし」の存在は、観光客にもあまり知られていない。古くから各町内で伝わる創作音楽を、三味線や太鼓で奏でながら回る“おはやしパレード”だ。色とりどりのちょうちんが下がる町中を、鮮やかな飾り付けが施された台車を率いながら、住民たちがゆっくりと練り歩く。古くは、祭りの開催を知らせるために町人を起こして朝まで演奏し歩き続けたことから、朝起こしと呼ばれるという。
また、祭りのフィナーレを飾るのが、2日目の夜に通潤橋周辺で行われる「花火大会」。ライトアップされた通潤橋を背景にして約1000発の花火が打ち上げられるが、花火に合わせて通潤橋の特別放水も行われる。大輪の打ち上げ花火とライトアップされた通潤橋の放水のコラボレーションは、「道の駅 通潤橋」の敷地内から見るのがおすすめだ。