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宮崎観光情報

宮崎県の文化と名産品

宮崎県は、古事記や日本書紀に記された日本発祥にまつわる日向神話(ひゅうがしんわ)の舞台。“神々の国”にふさわしく、県内各地には夜神楽をはじめ、信仰をきっかけとした民俗芸能や、人々の暮らしと共に育まれてきた祭りなどが残されている。また、森林面積が県土の76%を占めることから、古くから林業が行われている。特に杉の生産高は日本一で、飫肥杉(おびすぎ)は県のプロジェクトにもなっている。温暖で降水量に恵まれていることから、農業も盛ん。ピーマンやキュウリ、日向夏(ひゅうがなつ)などの生産量は全国1位。また、豚や肉牛・乳牛、鶏などで日本有数の生産高となっている畜産業は、農業収益の約50%を占める。海産物も豊富で、トビウオやメヒカリなどの漁獲量が多く、カツオは日本一の水揚量があるほか、ウナギの養殖も行っている。また近年では、宮崎市街地から宮崎空港へのアクセスが至便なため、半導体やソーラーパネルなどの先端産業の進出も目立つ。

伝統・風習・行事

青島神社裸まいり
極寒の1月に行われる「青島神社裸まいり」

青島神社に祭られる彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が昔、海神社から戻った際、あわてた村人が衣類をまとわず、裸のまま出迎えたという伝説にちなむ、「青島神社裸まいり」。白足袋に白装束(男性は裸)の男女が、海に入って禊(みそぎ)を行い、青島神社に参拝した後、再び禊をする。さらに頭からバケツの水をかぶる。祭りの前日には、青島神社で振る舞いや神楽が行われる。開催は毎年1月の成人の日。
⇒達人コラム「青島 鬼の洗濯板に囲まれた宮崎の聖なる島」

延岡大師祭
 
延岡大師祭開催は毎年4月の第3金曜から3日間

延岡駅の西、今山公園の丘に建つ今山大師寺の春祭り、「延岡大師祭」。今山大師寺の縁起は、天保10年(1839)に延岡で疫病が流行し、それを鎮めるために高野山から弘法大師像を勧請したこと。境内には高さ17メートルと日本一の大きさの弘法大師銅像が立ち、祭り期間中には、横にある演芸場で舞踊や演芸大会が行われる。クライマックスは最終日の市中パレードで、大名行列や舞踊隊など約1800人が沿道の人々を楽しませる。開催は毎年4月の第3金曜から3日間。

都井岬火まつり
都井岬火まつり

「都井岬火まつり」は、僧の衛徳坊(えいとくぼう)が昔、人々を苦しめていた大蛇を火攻めで退治したという伝説にちなんで、五穀豊穣を願う火祭り。高さ30メートルの柱「柱松(はしらまつ)」のてっぺんに大蛇の口に見立てた松を巻きつけ、その口をめがけてたいまつを次々と投げ上げる。命中すると仕掛けられた花火が点火し、大蛇は夜空に閃光を放ちながら炎を吹き出し、あたり一面を照らして退治の結末を迎える。開催は8月の最終金曜から2日間。

飫肥城下まつり
飫肥城下まつり

小京都ともいわれる日南市の飫肥城下(おびじょうか)を中心に、毎年10月の第3土曜からの2日間で開催される時代絵巻、「飫肥城下まつり」。見どころは2日目に行われる市中パレードで、大名や侍、女武者、泰平踊、獅子舞などの行列が練り歩き、かつての城下の栄華を彷彿とさせる。泰平踊は江戸時代から伝わり、飫肥藩主の伊藤氏が上方の歌舞伎踊りと飫肥の盆踊りを組み合わせ、柔術や弓術などを取り込んだ独特な踊りで、県の無形文化財だ。

芸能・工芸・美術・建物

高千穂の夜神楽
高千穂の夜神楽

神楽の起源は、天照大神(あまてらすおおみかみ)が、天の岩戸にこもった際、その前で天鈿女命(あまのうずめのみこと)が舞ったとされる神話。「高千穂の夜神楽」は、地区ごとに“神楽宿”と呼ばれる一般の家や公民館に氏神様を招き、夜通しで33番まである神楽を奉納する古くからの神事だ。高千穂神社の神楽殿では、毎晩20時から1時間、天の岩戸に隠れた天照大神を探すために手力雄命(あめのたぢからおのみこと)が、音を聞いたり、考えたりする様子を表現した「手力雄の舞」など、四つの舞が披露される。

のぼり猿
江戸時代から伝わる延岡の郷土玩具「のぼり猿」

江戸時代から伝わる延岡の郷土玩具、「のぼり猿」。昔、作物を食い荒らすサルを村人が退治すると子供の疫病が流行し、村人がサルのたたりと思って幟(のぼり)ザルを作り、庭先に立てて供養すると、たちまち病が治まったという言い伝えがある。以来、子供の無病息災や立身出世を願い、端午の節句に鯉のぼりといっしょにのぼり猿を揚げるようになったという。張り子のサルは、菖蒲(しょうぶ)が描かれた幟に下げられ、幟が風を受けると竿を伝って昇っていく仕組み。江戸時代には、延岡藩の武士の妻たちが内職として作っていたという。

紅渓石硯
紅渓石硯

江戸時代末期、延岡市街の北、北川渓谷で発見された丹紅色の紅渓石(こうけいせき)を用いたすずり、「紅渓石硯(こうけいせきすずり)」。旧延岡藩士の河原新蔵が初めて作ったとされ、廃藩後、新蔵らはこの石を使ってすずりの製作を続け、延岡の工芸品の基礎を築いたという。紅渓石は、きめが細いためすずりに理想的な原石といわれ、色合いや石質が中国の最高級のすずり石である端渓石(たんけいせき)に匹敵することから名付けられた。

宮崎県の名産品

農産物

日向夏
日向夏は日本一の生産量を誇る

文政年間(1818~1830)、宮崎市の真方安太郎の庭先で発見された一本の木から広まった柑橘類、「日向夏(ひゅうがなつ)」。現在では年間2000トンを生産し、日本一となっている。ハウス栽培は12月中旬に、また露地ものは2月下旬から出荷され、旬は3月~4月。さわやかな香味と上品な甘みがあり、近年では種なしや種の少ない種類も出回っている。日向夏は皮も味わえ、マーマレードに適している。

黒皮カボチャ
日本料理の高級食材「黒皮カボチャ」

カボチャが日本に渡来したのは天文年間(1532~1555)で、南蛮船によって長崎に運ばれたといわれる。その時には、まだ和名がなく、カンボジア産だったことがなまって“カボチャ”と呼ばれるようになった。西洋カボチャと東洋カボチャ(日本カボチャも含む)、ペポカボチャの3種類があり、黒皮カボチャは希少価値のある日本カボチャの一種。まろやかな甘みときめ細かな舌ざわりで、果肉が粘質で煮崩れしないことから日本料理の高級食材として使われている。

キンカン
日本一の生産量を誇る「キンカン」

宮崎県が認定した完熟キンカン「たまたま」は、選ばれた果実のみを温室で育てた県のブランド商品。名の由来は、おいしいキンカンがときどき、たまたま偶然にしかならないことに由来する。加工に用いられるキンカンよりも大きくて甘く、そのまま食べられる。宮崎県のキンカン年間生産量は、全国の60%以上を占め、国内で1位。

海産物

カツオ
カツオの一本釣りの漁獲量は日本一

日向灘の沖には回遊魚を乗せて北上する黒潮が流れ、多くの種類の魚が水揚げされる。中でもカツオの一本釣りの漁獲量は、高知県の2倍近くで日本一。沿岸マグロはえ縄でも日本一で、近海はえ縄は2位。マグロの大きさは50センチ前後で、鮮度の良いものは「モチガツオ」と呼ばれ、身に弾力があり刺身に向いている。ゴマだれに漬け込んだ刺身をご飯にのせた「カツオ飯」は宮崎県の郷土料理で、お茶漬けにしてもおいしく食べられる。

 
トビウオ
宮崎の海の“夏の使者”「トビウオ」

宮崎の海の“夏の使者”といわれているのがトビウオだ。トビウオ漁の歴史は古く、延喜式(905)にも、串間から貢ぎ物としてトビウオの干物が納められたと記録されている。トビウオは非常に大きな胸びれと紡錘形の体を持ち、最長で約400メートルも飛翔する。水揚げ量は年間300トン余り。脂肪分が少なく、くせがなく、弾力と甘みがあるので刺身に向く。夜に海面で明かりを灯し、集まってくるトビウオをたも網で獲る「トビウオすくい」は、都井岬周辺の夏の風物詩。

 
メヒカリ
「メヒカリ料理」は延岡の名物料理

学名はアオメエソといい、目がエメラルドグリーンに輝くことから「メヒカリ」と呼ばれる深海魚。淡泊な白身魚で骨がやわらかく、脂ののりがほどよい上品な味で、塩焼きや天ぷら、から揚げなどに適している。新鮮なものは刺身にしてもよく、干物にするとうま味が増す。漁獲期のピークは7月~8月と12月~1月で、県内では延岡市の水揚げ量が多く、年間約178トンにもなる。また、メヒカリ料理は、延岡の名物料理として定着している。