平和への願いが生んだ旅路・坂東三十三観音
関東1都6県にわたり、1300キロの道のりで結ばれる坂東三十三観音霊場。戦乱で亡くなった人たちの供養や永遠の平和への願いが生み出したといわれる行程は、時代を超えて今も昔人の想いを伝えている。
![花の寺としても名高い、札所24番楽法寺(雨引観音) 花の寺としても名高い、札所24番楽法寺(雨引観音)]()
33カ寺の板東観音霊場の開設は、鎌倉時代初期だといわれる。源平の戦い後、板東とよばれる箱根の東側の地域では、敵味方を問わない戦の犠牲者の供養と、平和祈願の想いが強まった。鎌倉幕府を開いた源頼朝の篤い観音信仰と、多くの源氏の武者が西国で知った西国三十三観音霊場への憧れが結びついて始まったという。観音霊場は“札所”ともよばれる。第一番札所の杉本寺から第三十三番札所である那古寺までを巡拝すると、その道のりは約1300キロ。花や紅葉の美しい寺、国宝を有する寺などさまざまだ。めぐる順番は昔から自由だった。訪れやすい札所からめぐってみよう。
発願は、鎌倉最古の寺である1番杉本寺から
![十一面観音菩薩を安置する杉本寺の茅葺屋根の本堂(観音堂) 十一面観音菩薩を安置する杉本寺の茅葺屋根の本堂(観音堂)]()
巡礼を思い立ち、最初の寺を参拝することを「発願(ほつがん)」という。札所の順序でいえば、発願は鎌倉幕府のお膝元だった鎌倉からだ。札所1番の杉本寺は、天平6年(734)建立と伝わる鎌倉最古の寺院で、行基菩薩、慈覚大師、恵心僧都が作った3体の十一面観音菩薩を本尊としている。木立に囲まれた静かな境内は発願の地にふさわしい厳かさに満ち、苔むした石段が巡礼の長い歴史を物語っている。神奈川県にはほかに、源頼朝の信仰が篤かった逗子市にある2番岩殿寺、5月初旬にオオムラサキツツジが咲く鎌倉市の3番安養院、木造仏では日本一大きい十一面観音立像を安置する同じく鎌倉市の4番長谷寺など、札所1番から8番までと14番の9カ寺がある。これは1都6県の中で最も多い。ちなみに、なぜ観音霊場は33ヶ寺かというと、観音菩薩が人々を救うときに33の姿に変化することに由来するという。
かつての武蔵から上野(こうづけ)へ
![掘り抜きの彫刻がみごとな水澤寺の本堂と六角堂 掘り抜きの彫刻がみごとな水澤寺の本堂と六角堂]()
神奈川県からつづく9番札所があるのは、かつて武蔵とよばれた埼玉県だ。秩父山系の外れにあるときがわ町の9番慈光寺は、古くから修験場として開け、鎌倉時代には東国仏教の中心的存在になった寺。源頼朝も崇敬し、文治5年(1189)に奥州藤原氏征討を祈願した際は、寺領1200町歩と愛染明王像を奉納し、塔頭75坊を修営した。寺宝も多く、後鳥羽上皇らが書き写した国宝「慈光寺経」、貞観13年(871)に奉納された国指定重要文化財「大般若経」などを所蔵する。埼玉にはほかに12番までの3つの札所がある。
13番は東京浅草にある有名な浅草寺だ。群馬県には縁結びの神といわれる15番長谷寺と、古くから水澤観音として親しまれてきた16番水澤寺の2つの寺がある。水澤寺周辺には、コシと弾力がある名物水沢うどんの店が並び、伊香保温泉や榛名湖などの観光地もある。泊りがけで参拝したい。
下野や常陸をめぐり、いよいよ結願の寺へ
![大岩の上に四方懸造りの観音堂が立つ、31番笠森寺 下野や常陸をめぐり、いよいよ結願の寺へ]()
栃木県は、座禅や滝行が行える17番満願寺から20番西明寺までの4カ寺がある。茨城県は、かつて板東札所最大の難所と言われた八溝山の八合目に立つ21番日輪寺から土浦市北部の26番清瀧寺まで6カ寺。このうち24番楽法寺は全国で唯一といわれる延命観世音菩薩を本尊としている。第33代推古天皇の病気治癒や、第45代聖武天皇と光明皇后の安産の祈願が遂げられたことなどが伝わっている。花の寺としても名高く、特にアジサイは全山を覆うように咲く。
27番円福寺からは千葉県に入る。31番笠森寺の観音堂は、日本唯一の四方懸(かけ)造りのお堂で、国の重要文化財に指定されている。柱が創り出す構造美はみごとだ。波静かな鏡ヶ浦を望む33番那古寺で最後の「結願(けちがん)」を迎えると、長かった旅路が思い出される。どんな思いが胸を去来するのだろう。
巡礼には、輪袈裟と数珠は持参しよう。霊場に入ったら、水屋で口をすすいで手を洗うなどのしきたりを守り、丁寧にお参りしたい。納経帳にご朱印をいただくのもいい記念になる。