歌志内線
【投稿日】2013年07月30日(火)| 北海道発
空知の歴史を伝える鉄道

北海道の中央の西側に位置している地域空知(そらち)。道内では最も市町村が多いエリアだが、人口は日本で最も少ない。しかし、かつては国内屈指といわれていた空知炭坑があった場所として賑わった。その空知の炭坑街だったのが歌志内(うたしない)市。現在では日本一人口が少ない町だ。この歌志内市にはJR歌志内線という線路が走っていた。
線路が開業したのは炭坑が賑わっていた明治24年(1891)。砂川駅から函館本線と分岐して歌志内駅までの14.5キロメートルを結んだ。もともと、北海道炭礦鉄道という民間鉄道会社の手で開業されたが明治39年(1906)鉄道国有法により官設鉄道となった。沿線の炭坑からの石炭の積み出しを目的とした線路で、炭坑堀りたちを支えた電車。石炭輸送で盛況を得ていた鉄道だった。しかし、炭鉱の衰退により歌志内線は徐々には廃線の気運が高まっていった。そして、昭和55年(1980)の国鉄再建法施行、昭和59年(1984)には第2次特定地方交通線の指定を受け、昭和62年(1987)に国鉄から北海道旅客鉄道(JR北海道)に継承されるなどの変遷を経て平成6年(1994)廃線となる。
現代では面影は残されていないが、歌志内線の歴史には空知の人々の歩みや生活というものが見える。
焼山駅跡(JR歌志内線)の記念碑
【住所】北海道砂川市焼山331(焼山コミュニティーセンター前) 地図
【交通】JR:函館本線砂川駅から車で約7分
【駐車場】あり(無料)
【料金】無料
【投稿日】2013年07月30日(火)【投稿者】たびらい編集部