金森赤レンガ倉庫/函館
【投稿日】2013年07月10日(水)| 北海道発
火災より復興した観光名所

函館市末広町、函館湾に面したウォーターフロントに立ち並んでいる倉庫群「金森赤レンガ倉庫」。レンガの小口を一段、長手を一段と交互に並べて積み上げるイギリス式を用いて建設されている。倉庫の内部には真ん中に通路があり、その両脇に物を入れる部屋がいくつも連なった作りをしている。昔はトラックで倉庫の中まで入り、通路から直接部屋に荷物を出し入れしていた。
金森赤レンガ倉庫は、洋物店、船具店、廻船業など数々の商業や公益事業で函館の発展に貢献した現金森商船の初代、大分県出身の実業家である渡邉熊四郎氏がはじめて起こした倉庫業の足跡として残ったもの。現在も建物に描かれている「森」の字を直角の線で囲んだトレードマークは、この開業の時の商標だ。明治20年(1887)に営業倉庫業用として建設された赤煉瓦倉庫群は、創業当初は預かり荷物が不足していたが、明治23年(1890)頃には海運業の隆盛に比例して預かり荷物が増大し、倉庫が不足するほどとなる。
明治40年(1907)8月に東川町より出火した火災によって、金森倉庫は6棟を焼失。大損害を被ったものの、すぐに不燃質倉庫の再建を指示し、明治42年(1909)5月に完成。驚く程の早さで復興を遂げ、明治43年(1908)には利益をあげるまでに回復した。昭和後期には輸送形態の変化や北洋漁業縮小などの諸事情によって、倉庫事業はかつての勢いを失っていくが、その一方で建造物として金森倉庫が注目されるようになる。風格ある姿が映画やテレビ、CMに映し出され、市民のみならず観光客にも知名度は広まった。
昭和63年(1988)4月、「金森赤煉瓦倉庫」は「金森赤レンガ倉庫」へと生まれ変わった。5棟の倉庫が改修され、函館ヒストリープラザの名で利用される。倉庫の外観はそのままにショッピング街の「金森洋物館」、レストラン、多目的イベントホールで活用されている。夜はライトアップと電飾で彩られ、多くの観光客で賑わいを見せている。
【投稿日】2013年07月10日(水)【投稿者】たびらい編集部