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平和公園

平和公園
平和の誓いを後世に

更新:2018年9月03日

長崎の観光スポットのひとつとして、毎年、多くの旅行者が足を運ぶ場所があります。原爆遺構の数々が残る平和公園です。日本各地から、海外からも多くの外国人が訪れる祈りの場所となっています。

[たびらいセレクション]

祈りの広場

世界の平和を願う人が訪れる
祈りの広場

平和祈念像
平和祈念像のそばに建つ「折鶴の塔」。
平和の願いをこめて折られ届けられた折り鶴を安置しています。
折り鶴は、平和への願いであり象徴です。
平和の泉
被爆した少女の手記が刻まれた平和の泉。
心に響く一節です。
平和の鐘
平和の鐘は、原爆投下の被害にあった一般市民の原爆殉難者の冥福を祈り、遺族、被爆者によって建てられました。
世界のモニュメント
世界各国から寄贈されたモニュメント。ブルガリア人民共和国寄贈の像は、腕をあげた女性像で平和と調和を求めて闘かう若者を表現しています。
長崎刑務所浦上刑務支所跡
長崎刑務所浦上刑務支所跡です。
当時、長崎刑務所内にいた全員が即死でした。
平和の大事さをかみしめながら歩く平和公園です。毎年、8月9日の原爆投下の日には、原子爆弾の投下時刻11時2分にサイレンが鳴り、無念にも亡くなった被爆者の魂に黙祷を捧げます。今年で原爆投下から73年を迎えますが、まだ原爆の被害に苦しく人が絶えません。平和公園周辺は、多くの方が眠る土地。平和の丘を散策する際には、そんな思いで歩いて下さい。

[たびらいセレクション]

爆心地公園

平和公園周辺の
被爆遺構からのメッセージ

爆心地公園

爆心地公園
爆心地公園にある浦上天主堂の遺壁は、聖堂の一部を移築してきたもの。黒く焦げた煉瓦から、落下当時の爆風の威力を感じます。
被爆当時の地層
原爆落下当時、この地に暮らしていた人々の生活が壊され、家の瓦や、ガラス、陶器焼けた土や溶けたガラスなどが地層となって埋没しています。

城山小学校

長崎原爆遺跡
原爆落下中心地からわずか500メートルの所に位置。1400人あまりの児童と職員が尊い命を失いました。
城山小学校の焦げた木煉瓦
被爆校舎は、「平和祈念館」として遺品などが展示されています。当時、校舎の内壁は腰板で覆われていて、原爆によってコンクリートに埋め込まれていた木の部分が「焦げた木煉瓦」状態になっています。
長崎医科大学の門柱
長崎大学医学部の前身である「長崎医科大学の門柱」。原爆の影響で9センチ前にずれ、台座との間が最大16センチのすき間ができています。
二の鳥居
一から四の鳥居までありましたが、原爆で倒壊。
一の鳥居と、二の鳥居だけに。
二の鳥居は、右半分だけが当時のままの姿で残っています。
浦上天主堂旧鐘楼
旧浦上天主堂の鐘楼の一部です。
浦上天主堂は、原爆でそのほとんどが破壊されました。
爆心地公園の周辺は、被爆遺跡が残る平和の丘となっています。焼け野原となった土地に残った長崎原爆遺跡の数々から平和へのメッセージを感じてください。長崎原爆遺跡は、原子爆弾の被害を伝える遺跡として、2016年に国の史跡に指定されました。爆心地公園を中心にして約2.5キロに及ぶ地域は壊滅し、長崎の町は焼け野原に。爆心地から約500メートルの場所にあった浦上天主堂は、原子爆弾により崩れ落ちました。
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ローカル案内役
藤田 秀樹(たびらい編集部)

福岡県出身。九州内の食べ歩きスポットを探し続ける編集スタッフ。カメラ片手に友人・知人を巻き込んで観光スポットにも出没。

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